Japan Tour 2024初日を終えて

素晴らしかった！凄かった！

パット・メセニー「Dream Box Solo Tour」初日を札幌文化芸術劇場　hitaruで拝聴してきた。そのhitaruが、４階までフルハウス。開館以来初めてのことだと、劇場のスタッフが興奮気味に言った。

インターミッションを挟まず、たっぷり２時間。アンコールに４回応えたソロ・コンサート。「なんて、優しい音色をしているんだろう」というのが、5年ぶりにパットのギターを生演奏で聴いた最初の印象だった。オープナーの〈フェイズ・ダンス〉から〈ミヌワノ〉へ。彼のオリジナル代表曲が続く。ステージにカーペットが敷かれ、ギターが数本立てかけてある。それが描く半円の中に座るパット。そこは大きなホールだったが、醸し出される雰囲気は、パットの家のリヴィング・ルームに招かれて彼のギターを聴いているような心地だった。

コンサートの前半は、１本ずつギターを持ち替えて、オリジナル曲と縁のナンバーを弾いていく。特に、チャーリー・ヘイデンとのデュオで1996年にレコーディングした『Beyond The Missouri Sky』（邦題『ミズーリの空高く』）にフォーカスし、その作品からのナンバーが演奏された。このアルバムは、２人の故郷であるアメリカ中西部を思わせる曲想のナンバーが多く、またバラード・アルバムでもあったことから、広い空や風を感じ、パットのギターがDNAまで沁み渡るような感覚を覚えた。会場が集中してパットの音楽に耳を傾けている様子に、これがパットが日本各地でコンサートをしたかった理由だったのだと納得した。

パットが日本ツアーを開催するまでにしてきた準備の一端を知る者としては、パットの不屈の前向きな姿勢（日本各地をツアーしたいという希望を曲げなかった）、不断の努力（ご本人は練習や作曲を"努力"でするとは思っていない）、また彼自身とギター／楽器の調整にたっぷり時間をかける、丁寧な "生き方"（一例として、彼はタバコ、お酒を嗜まないばかりかコーヒーも飲まない）があってこそ、その"優しい"音が出ているのだと思えた。ジーンズにスニーカー。ライオン・ヘアは銀髪が増えたが、髪型は変わらず、それも「音楽以外のことに時間をかけたくないから」という、ストイックさから出たものだった。

コンサート後半は、一気に景色が広がった。これからご覧になる方のために書かない方が良いと思うことは書かないが、彼が持参したギターが10本近くにのぼることはお知らせしてもいいだろう。新しいバリトン・ギターは、高音域まで繊細に美しく鳴る音色をもっており、今のパットがソロで弾くのに非常に適していた。

そのギターで奏でられる新曲（まだ無題）、またボッサノヴァ。ベースラインを弾いたと思ったら、それをループにしてその上に音を重ねていく。更にディレイをかけ、面白い操作をしている箇所もあり、その緻密なテクニックはパットじゃなければ不可能だと思えた。ループは多くの演奏家が使うツールになったが、その"加減"が、実に上品で、見事だった。そのバリトンでブルースも演奏し、それはそれは沁みる演奏で、一音を推し続け聴衆をエクスタシーに誘う手法は昔からあるが、パットがそれをやると官能的ですらあった。

パットが立ち弾きした後に、今回の"最強楽器"が登場するが、それ以外にも、下手と上手に置かれたギター・スタンドの間を走るパットに、心が躍った。そこで表現された音楽は、"一人メセニー・グループ"とでも呼べるものだった。ソロ公演をご覧になる方は、どうぞお楽しみにしていただきたい。

終演後、楽屋を訪れると、満面の笑みのパットがいた。そして、次のように語った。

「今日は嬉しい。ぼくは今、この日本ツアーでスタートラインに立った気分なんだ」

何のスタートラインですかと聞く私に、パットが続けた。

「残りの人生のスタートラインにだ。素晴らしいコンサートで、最高だった。Hitaruの音響、来てくださった方々、運営、すべてが最高だった」

彼は、先に触れたように前向きではあるが、謙虚な人なので、手放しでこんなに喜ぶのを見るのは珍しかった。

「パット、あなたも最高でした」

オーディエンスを代表してそう言うと、パットの笑顔が更に大きくなった。

2024年1月16日記
text：中川ヨウ/ Yo Nakagawa (音楽評論家、ジャズ研究＠慶應義塾大学アート・センター)

photo：原田直樹 (n-foto)

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【LIVE INFORMATION】
連日素晴らしいステージが続くソロ・ツアー。今週は、明日1/18(木)が愛知県東海市、1/19(金)大阪、1/21(日)岩手にて公演を開催。ブルーノート東京では、ロン・カーターとのトリオ公演期間を挟み、1/30(火)から再びソロ公演がスタートします。

■PAT METHENY Dream Box Solo Tour

1.14 sun.　札幌文化芸術劇場 hitaru
1.16 tue.　りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 / 劇場
1.17 wed.　高崎芸術劇場 / スタジオシアター
1.18 thu.　愛知・東海市芸術劇場
1.19 fri.　大阪・サンケイホールブリーゼ
1.21 sun.　トーサイクラシックホール岩手 (岩手県民会館)
1.30 tue., 1.31 wed., 2.1 thu., 2.2 fri., 2.3 sat., 2.4 sun.　ブルーノート東京

■PAT METHENY & RON CARTER
1.23 tue., 1.24 wed., 1.25 thu., 1.26 fri., 1.27 sat., 1.28 sun.　ブルーノート東京